音楽をしている人は「脳の接続レベル」が非常に高いと判明! 絶対音感は関係ナシ
スタンフォード大学医学部(アメリカ)の最新研究により、音楽をしている人の脳は、そうでない人に比べ、脳領域の接続レベルがはるかに高いことが判明しました。
そのレベルは、音楽を習い始めた年齢が早い人ほど高いことがわかっています。
また、絶対音感の有無は、接続レベルに関係が見られなかったとのことです。
研究は、1月25日付けで『JNeurosci』に掲載されています。
目次
音楽の訓練期間が長いほど、脳の発達レベルが高かった
■音楽の訓練期間が長いほど、脳の発達レベルが高かった
本研究では、プロのミュージシャンや日頃から音楽を嗜んでいる人、音楽をしていない人、絶対音感をもっている人などを含む、被験者153名を対象に脳の比較をしました。
その結果、演奏する楽器の種類にかかわらず、音楽家の脳は機能的・構造的な面で各領域のつながりがきわめて強いことが示されています。
さらに、音楽家の中でも、楽器を習い始めた時期が早い人ほど、脳の接続レベルがより強固でした。
(以下略、続きはソースでご確認下さい)
ナゾロジー 2021.01.26 Tuesday
https://nazology.net/archives/80455
引用元: ・【脳科学】音楽をしている人は「脳の接続レベル」が非常に高いと判明 絶対音感は関係ナシ [すらいむ★]
演奏は技能の話だからなぁ
弾けなくても音楽が好きって人も居るだろう
難易度等への理解は浅くなるだろうが
作曲やDTMも含まれるのか?
楽器置く場所無いから演奏はもうさっぱりだわ
無関係な安価入って申し訳ない
ピアノやってなかったら、
別の教室に行かされたかもよ
趣味で作曲始めてから思考が変わった
文章能力にも影響したと思う
あと、BGMみたいな音楽を
ここで言う音楽とするのか?には疑問が残る
ソースはJ. NeuroSci. な
ナゾロジーは文章力が謎なだけで
ベースとなる研究は実際に論文になってるものだ
自宅で
楽器を弾けること自体が
凄い
全くの音痴だよ。
アメリカの有名大学出身の娘も、やはり絶音痴。
>>13
ぶっちゃけると医者とか士業なんかの高度な頭脳を使う仕事だと
音楽やって遊んでる暇ないからねw
所詮ミューシャンは底辺の自己満足でしかない
世の中にはもっと複雑で難しく責任のある仕事が五万とある
高層ビルを設計する仕事や自動車を設計する仕事なんかは
ミューシャンでは到底無理
そもそも高知能なら何でも出来るよ
仕事だけってのは
単に発達障害で痴呆になるよ
お前の頭が悪そうなことだけは分かった
甘いな。
社会レベルの高い職業の人ほど実は楽器を嗜む。
職人にヴァイオリン弾ける人はそう居ないが、医者や弁護士はサラッと弾けるんだよ。
音楽は宗教からバロック時代にヘンデルによって貴族が楽しむ物となった歴史を知らんのかw
>>50
フェリックス・メンデルスゾーンの一族も少なくとも三代に渡ってそれぞれ全く違うジャンルで頭角表してるもんな…
祖父が当時一流の哲学者、父親は超やり手の銀行家、姉さんと本人はガチ美少女・美少年な肖像画が残ってて姉弟で天才作曲家…
漫画でも盛り過ぎレベル
医者は周りの医者からバイオリンとかやらされるって聞いたことはあるな
なぜ今さらこの研究をしたのやろか 楽器を弾くとミエリン化が発達すると
10年くらい前のテレビで言ってたけど
全くの音痴だよ。
アメリカの有名大学出身の娘も、やはり絶音痴。
そういう事
音無しプレイしてたらダメなんだろうな
ハイレベルだろうよ
頭の回転自体が鈍くなった気がする
音楽やってるとは言えないな
頭の中がカラッポってこと
ともかく子供に楽器を習わせることは
脳育の面でいいということか。
楽器演奏は確かに脳を活性化させるな。
特に、バイオリンとかトロンボーンとか
決まった鍵盤のようなモノが無いのに
正確な音階を出せる勘は凄いよなあ。
すげーと思った
過去の遺産を演奏するだけの人と、自ら作り出している人はまた違うんだろうな
もしかしてどちらも「音楽している」扱いなのかな
演奏っても
楽譜のトレースと
表現を伴う演奏とでは全然違うからな
カラオケとかでもそれはある
歌上手くても、何かがある人と無い人の差ある
言葉ってある意味、音楽じゃん?
だから音楽は頭の体操にはいいと思うんだよな
仲間を見ても、そんな気がします。
接続レベルが高いという事は物事をごっちゃにしやすいのかな
バッハと数字を結びつけるようなオカルティックな考えになったり
褒めるのもけなすのもしていないのに
うっかり批判に使われる言葉を言うといきなり激高したり
接続レベルとやらが低い人は、音楽がうまくできなくて、すぐに習うのやめちゃうだけなんじゃないか
楽器を習ったからそういう脳が出来上がったのか、
もともとそういう脳になる資質があったから楽器を続けられたのか、
分からないということか。
人間になるんだよな
天然の画伯おねえさんみたいな感じですかね
あの人は素晴らしい才能に恵まれた人だけど
脳の接続レベルが高くても心を忘れてしまったようだ
脳力と心は違っているのでは?
音楽しか出来ない運動音痴のお馬鹿さんも接続が凄いってだけで
運動が出来るとか頭が良い勉強が出来るのは別の訓練が必要なんだよね?
音楽以外は日常生活もままならないようなサヴァンの人のほうが多いでしょ?
音楽の天才なのに「脳の接続レベル」高くないじゃん?
脳の接続レベル
脳の発達レベル
ってなんなん?
音楽家の脳は機能的・構造的な面で
各領域のつながりがきわめて強い・・・?
要するに
変り者で頑固者ってことか
しかも自己申告ばっかりで本当かどうかも疑わしいのばっかり
まぁ、わざわざ人前で機械とか使ってテストするようなもんでもないからな…同じに絶対音感がある人間じゃないとそうそう分からんのかもしれんけど
とはいえ、別に見栄で言ってる人も少ないのでは?
それだけで天才になれるとかいうものでも全然ないのは音楽ある程度やってたら誰でも分かるし…
絶対音感持ってる人間でそれがそこまで素晴らしい才能だと思ってる人もまずおらんやろ
シューベルトは絶対音感なかったっていうな
ベートーヴェンは簡単な足し算ができずに
コーヒー豆使って数を数えてたって伝記で読んだ
時代によって基礎学習のレベルが違うから、この記事の「脳の接続レベルの高さ」とはまた違った傾向が見えてきそうだよね
脳のリソースを考えるに古代の人達さえ及ばない感覚があるはず
知能指数と相関してイメージする人が多いが、脳はそもそも可塑性があるから
未だに構造の理解度や生存依存度などに関わっていて極一的な研究だと言える知能指数も
その可塑性と特定分野との解離が説明出来ていないし
音楽に関する才能はそれに縛られない創造的なものだから尚更深さを感じる
絶対音感ないって言っても、楽譜は空で読めるんだと思うぞ
楽器で音出さないとテキトーなキーになっちゃうだけで
小室哲哉も最初の音だけ楽器で出したら、歌メロの楽譜くらい
は空で読めるって言ってるし、芸大の声楽科のテストもそれで
受かるらしい もうそれで十分凄い技能だわ...
よく指を使う、とかじゃないのか。年寄り
も、麻雀すると脳や体にいいし。w
DTMだけは多分上がらない
なんか新しいビジネスの為かな
どっちも欠片も無いから憧れる
光で我々が物理現象を知覚するのと同じで、
音や歌詞が奏でる結果と心から打ち震えるような感動が影響を及ぼす効果の高さを人類は化石人類から教わってきた
音楽は国や言葉の壁を越えるって言葉が大好きだ
通じなくても通じるものがある
それは光の速ささえ越えて同じ時を共有する事が出来る
その衝動は太古から伝わる高まりと共に躍りも生み出した
音楽は万国万人共通の財産であり、生み出した天才は後世に伝わる逸材となる
儚いけど、想いは伝わり続ける
Youtubeに Aki て人がエレクトーン演奏をアップ
してるのだけど、両手両足全く別パートを正確に
演奏してる。
さらに原曲を耳コピーで音源拾ってレジスト
データ書き起こしてるとか、音感も超人レベル。
何でああいうことが普通にできるのか謎。
音楽人?て不思議な存在だと思う。
慣れの問題だろ
音楽そのものを作る才能とはまた別になる
絶対音感は関係無しとされてるから接続レベルの要素は技能に偏るだろう
>>73
楽器は繰り返しの練習だけど、プロの場合は慣れとは違う気がするな。
例えば、繰り返し書いてる自分の名前の筆跡とか、慣れているとクセが出る。
プロの演奏はそれを悉く排除(感情は表現するが)して、商用フォントの域になってる。
演奏家をお経で例えれば写経だな。何度やっても崩れない。基本に忠実。
即興でそれができる人は、口から南無阿弥陀仏が仏になって出てくる域。
多分俺の想像している慣れとは意味が違うね
創造性のベクトルで言えばもちろん単一化とは異なるけど、俺が言ってるのは技能の話
商用に通ずるとする癖の動向かどうかはあまり重要では無い気がする
技能で演奏精度は高められるはずなので
これは脳の接続レベルとは関係あるだろうな
楽器でもやらないと中々ないよな
視覚と聴覚と身体感覚の3つの知覚を組み合わせた学習は脳にいいとか
身につきやすいみたいな話を何かで読んだとき
楽器の演奏って最高の脳トレじゃないの?と思ったことがある
ただ、どれかひとつの知覚だけにすごく偏ってる人間もいて
そういう人には当てはまりにくいらしい
そうそう
つまり音楽は天然の感覚教材なんだよ
頭脳の良さとはベクトルと指向性が重なる要素もあれば違うものもある
才能って面白いよね
藤井棋士のモンテカルロ?教育だったかに飛びつくやつも
「一芸に秀でるものは多芸に通ず」だとおもうぞ
音楽に限らずこうなるものならなんでもいいんだろ 「機能的・構造的な面で各領域のつながりがきわめて強い」
それが音楽だけとはおもえない
接続レベルが高まっても、高まり方が違うので対応できないだけで
似てる分野ほど対応できるが
いまはしらないが羽生善治は、チェスで日本一か日本一より強かった記憶
より自然に近い物理法則と、それに対する人間の反応といった意味では創造性に通じるものがあるよね
ざっくり人間の生体反応とした切り口から才能を見れば、それは物理そのものを追求する才能と合致する
ただ感情を呼び起こす、訴え掛ける要素がその音楽的な才能と物理学的な美しさの違いだな
あえて予測され得る法則から旋律は流れを乱す訳だから
自分は成果物、結果の話でなくて、脳の鍛え方が物理と音楽で似てるだろうってことが言いたい
基礎や常識とされる音楽、物理を繰り返し練習しとくと結合が高まるだろうと
スタンフォード大学医学部(アメリカ)の最新研究により、音楽をしている人の脳は、そうでない人に比べ、脳領域の接続レベルがはるかに高いことが判明しました。
演奏する楽器の種類にかかわらず、音楽家の脳は機能的・構造的な面で各領域のつながりがきわめて強いことが示されています。
さらに、音楽家の中でも、楽器を習い始めた時期が早い人ほど、脳の接続レベルがより強固でした。
音楽家では、絶対音感のあるなしに関係なく、各領域の同期レベルや機能的な連結性がはるかに高くなっています。
また音楽家においては、聴覚領域と、高レベルの情報処理に関与するさまざまな脳領域との結合も強固でした。
研究チームは論文内で 「長期的な音楽トレーニングは、大規模な脳ネットワークの形成に強く関係し、知能や心理、感情面での発達を促す」と結論づけています。
https://nazology.net/archives/80455
閃くとき・・
論理思考から大局観へ
これは、将棋の故大山康晴名人のエピソードです。冬のある日、将棋会館で部屋の出口の近くで若手棋士たちが「詰め将棋」をやっていたそうです。
その詰め将棋は極めて難しいものであり、天才的な資質を持って修練に励んでいる若手棋士たちが集まっても、なかなか解けないものでした。
このとき、大山名人は用事を終え、コートを着ながら、その横を通り過ぎましたが、出口のところで振り返って「諸君、お先に」と挨拶をし、「ああ、その手は何手目で、何で詰むよ」と一言つけ加えました。
若手棋士の一人が、後日、大山名人に聞きました。 「先生は、あの何百通りの手を、あの入口まで歩む数秒間に、すべて読まれたのですか?」
「いや、手を読んだのではないよ。大局観だよ」と答えたそうです。
直観力や洞察力を身につけたいと考えるならば、このエピソードは深く考えさせてくれる言葉です。
れほどの大局観を持つ大山名人も、かつて、この若手棋士たちと同様、難しい詰め将棋を前に、手を読んで、読んで、読み抜くという極限的な修練を重ね、大局観という能力を身につけることを修得してきたはずです。
多くの先人たちは、「論理思考」に徹する時代を経て、大局観や直観力や洞察力を獲得してきたのです。
例えば、企業において、「あいつは理屈っぽいから、勘が鈍い」などの批判の言葉を耳にします。
論理的であるがゆえに直観力や洞察力を身につけられないのではありません。論理に徹することができないがゆえに、直観力や洞察力を身につけられないのです。要するに、中途半端なのです。
また、羽生善治棋士の含蓄のあるエピソードです。 彼が、パソコンを用いたデータ重視や分析重視の方法を持った、文字通り論理思考のスタイルの棋士であることは誰しも疑わないでしょう。
しかし、かつて七冠を獲得した直後のテレビでの対談において、対談相手の若手哲学者に「対局中、どういう心境なのですか?」と聞かれて語った次の言葉は、極めて興味深いものです。
「将棋を指していると、ときおり、ふっと魔境に入りそうになるんです」この言葉は、何を意味しているのでしょうか。
魔境とは、心理学用語で言われる「変性意識状態」のことであり、直観力や洞察力など、人間の特別な能力が閃く意識状態のことです。
すなわち、このエピソードは論理に徹する修業を積み重ねていくと、その意識が論理の世界を突き抜けて、「論理を超えた世界」へと入っていくことを示しているのです。
直観力や洞察力というものは、気がついたら自然に身についている能力なのです。
例えば、現在、経営者、芸術家、職人、スポーツ監督などに、直観力や洞察力に極めて優れた人々がいますが、これらの人々は、直観力や洞察力そのものを磨こうとしてそれを身につけたのではありません。
あくまでも、「経営における正しい判断を下す」、「自分の美感を満たす作品を創る」、「納得できる良い仕事を残す」、「スポーツの厳しい競争に勝つ」という目的のための厳しい修練に徹した結果、
ある日、気がつけば直観力や洞察力が身についていたに過ぎないのです。
少し拡大して解釈すると、こうしたことは、直観力や洞察力だけでなく、創造性などについても同じことです。 創造性とは、自己の真実とは何かを追求しながら、修行から自然に生み出されるものです。
そして、人々がその芸術家の作品の中に見る創造性とは、その芸術家自身にとっては、決して目的ではなく、単なる結果に過ぎないのです。
https://www.esofken.com/Rensai/1805.html
>>95
昔、NHKのドキュメンタリーで、将棋の米長名人の頭に脳波測定機をつけて、
数十手の詰め将棋を解く時の脳の動きを測定したことがある
なんと結果は右脳のみが動いて、左脳はまったく使っていなかった
本人曰く「頭の中に将棋盤が浮かんで、勝手に駒が超高速で何百通りと動いていく」
とのこと
同じ番組でソロバンの名人にも何十桁の暗算をやらせたら、やはり右脳のみ。
「頭にソロバンが浮かんで、数字を読まれると勝手に玉が動いていく、
最後にソロバンの玉を読み上げるだけ」
これらは、幼い頃は左脳で「考えながら」練習するが、
長期間のとんでもない回数の地道な繰り返しによって、右脳でのパターン認識になっていく、
という説明だった
プロの音楽家も長い長い修練によって、右脳のパターン認識になってるんだろうね
例えばジャズの即興とか、左脳で考えながらじゃとても追いつかんもんね
ジャズピアニストとクラシックピアニストの脳の使い方は実は結構異なるらしい
>>95
大局観というのは、右脳のパターン認識の極致の先にある、
「一瞬で絵のように見える境地」なのかな
例えば大人になってからのモーツァルトは、
「どんなに長い曲でも、一瞬で錦絵のように完成した姿で浮かんだ、
それを決して忘れないのが神が私に与えた一番の才能だろう」
と父への手紙に書いている
だから飲みながら賭け事をしながら、修正ゼロで譜面をスラスラ書けたんだってさ
あの雑念の無い、シンプルで深く美しい名曲たちはこうして生まれた
そういう異次元の大天才たちについての研究って、新たな発見を生むのかもね
それより絵を描いている人のほうが長寿命でボケないのは何で
音楽家は自殺も多い
知能指数高い人はそれだけ自殺率が高くなる
楽器はボケ予防に効果あるのは事実だけど
絵描きの話はわからないや
それが本当なら楽器やるより絵画描く方がそういう面に更に効果あるんだろうね